◆組織図  ◆会則  ◆年譜  ◆クラブ祭  ◆山祭 

◆年譜◆クラシックスキークラブの歩み(1977発足〜2005)

1977.08.24

第1回発起人会を開催。その際すでにおいらく山岳会会誌に発表していた会員募集広告に、おいらく山岳会の内部のクラブとするとしていた方針を改め、独立団体とすることを決定。
1977.10.23 新宿御苑芝生にて創立総会。当日の会員40人、うち総会参加30人。会則等を決定。
会員に山田亨、その他の役員10人(副会長2人を含む)を選出。
1978.06 東京都スキー連盟に登録申請
1978.06 年度末の当月までの78初年度のスキー企画は9件、参加144人
1978.07 創立から6月までの初年度9月間のクラブ活動状況について「クラシックスキークラブイヤーブック」
(副題「CSC会報」)を発行。手書きのコピーで、次年度の企画周知分を除きB5判17ページ
1978.12 78年6月から12月までの初年度の登山企画は8件、参加70人
1979.02.25 丸沼スキー場にて、第1回クラブ祭を開催、参加33人
1979.09.02 東京都スキー連盟に登録承認(登録番号414号)
1979.09.30 定期総会にて、会計年度の期間を従来の「7月から6月まで」を「10月から9月まで」に変更することに会則を改正
1981.10.17 辞意表明の会長の後任に、定期総会にて富永京三郎を新任(山田前会長は顧問に)
1982.01.10 会誌「CSC便り」第1号発行、手書きコピーA4判1枚。以後手書きコピーは84年2月の8号まで、判の大小まちまちで続く。
1982.03 全日本マスターズ競技会(六日町ミナミ)の大回転に山田亨1位入賞(以下マスターズ入賞は、日本大会の1位と、世界大会の3位までを記載)
1982.09.30 この日現在で作成の会員名簿は、会員92人、幹事7人
1982.11.11 朝日新聞夕刊レジャーワイドページ「われら遊々学々」欄に当クラブが紹介され、またそのころ発売の週刊現代12月4日号にも紹介されたこともあって反響を呼び、以後の会員数の著しい増加の端緒となる。同年末の会員は179人
1984.06.30

会誌「クラシックスキークラブ便り」第9号が活版印刷となる。B5判4ページ。

1984.01.0.1 会費年額を創立以来の\2,000から\3,000に、配偶者は\1,000から\1,500に快晴。入会金の\2,000は据置き
1985.06 大阪と名古屋に支部を設置したことをこの月の会誌に発表
1985.09.30 この日現在で作成の会員名簿は、会員636人、幹事28人
1985.10.05 会誌は14号「85スキー企画号」から題字を「クラシックスキークラブ会報」と改める。また、この号以後毎年10月発行の会報はスキー企画周知特集号となる。
1986.03.01 会報15号から企画の周知と報告は会報紙上を通じることが定例となる。なお、この号から書家で日展審査員の黒沢春來先生筆の題字となり以後引き続く。
1986.05.18 宮崎竹之助副会長が、企画リーダーとして木曽駒ヶ岳にてスキー滑走中に事故死された。享年69歳
1986.05.20 この日発行の会報16号に、「会員の輪をひろげよう」と題して、会員千人を目ざすため新会員3人以上を紹介した会員には、表彰と記念品贈呈を行う旨の周知記事を掲載、その後同21号から41号(90.8)まで繰り返し数回周知された。
1986.10 「スキー企画インフォメーション」を設置し、この月の会報「スキー企画号」に発表。初年度の担当者は阿久根幹事。
1986.10.21 ゴルフ企画登場、それまでの、登山、ウォーキング、食べ歩き、旅行に加え、スキーシーズンオフの企画はさらに多彩となる。
1987.03 世界マスターズ競技会(アメリカ・スクォーバレーとヘブンリーバレー)の大回転と回転に山田亨が各1位、同じく大回転に牧田慶子が3位に、それぞれ入賞
1987.11.29 幹事会にて幹事会の組織と分担を決定。会長・副会長・監査役のほか、総務・広報・会計・安全対策・技術研修・競技・第1企画・第2企画の8部が発足
1988.03 世界マスターズ競技会(アメリカ・サンバレー)の大回転と回転に山田亨が各1位、同じく回転に中西金太郎が3位に、それぞれ入賞
1988.5.22 高尾山にて第1回山祭りを加西、参加62人
1988.07.08 テニス企画登場(登山と組み合わせで)
1989.12 安全で楽しいスキーをするための心得として、「マナーと安全10則」を幹事会で決定し、この月の会報に掲載
1990.02 全日本マスターズ競技会(岩岳)の大回転に山田亨・高橋律子・牧田慶子の3人がそれぞれ1位に入賞
1990.3 世界マスターズ競技会(アメリカ・ルーンマウンテン)の大回転と回転の各1位に山田亨が、同じく大回転1位と回転2位に高橋律子が、それぞれ入賞
1991.02 会員数が1000人を超え、1000人目の会員に記念品が贈呈された。
1991.03 世界マスターズ競技会(カナダ・パノラマ)の大回転と回転の各1位に山田亨と高橋律子が、同じく回転3位に金井武が、それぞれ入賞
1991.03 世界マスターズ競技会(アメリカ・ウィンターパーク)のスーパー大回転と大回転と回転の各1位に山田亨が、同じく大回転3位と回転2位に高橋律子が、それぞれ入賞
1991.10.12 幹事会にてクラシックスキークラブの会旗を決定。翌月2日の定期総会の正面背景に初使用

1992.8.22

マリンスポーツ(ヨット)企画登場
1992.11.03 梶田明子会員が日本三百名山に、山下栄三郎会員が日本百名山に、この日そろって、奈良県大峰山にて完登を達成
1993.03 世界マスターズ競技会(カナダ・ウィスラー)の大回転1位に山田亨と佐藤忠夫が、大回転と回転の各2位に高橋律子が、大回転2位に牧田慶子が、それぞれ入賞
1993.08 各企画ごとにその都度リーダーが参加者の保険加入手続きをする従来の方式に代え、スポーツ安全保障に会として団体加入することとなり、この月の会報に加入者募集要項を発表
1993.11.20 辞意表明の富永会長の後任に、この日の定期総会にて再任を承認された幹事の互選により阿久根文雄が新任
1993.12.04 幹事会にて組織の改正を決定。会長・副会長・監査役のほか、事務局に局長と総務・広報・渉外・会計・会員の5担当、第1企画部に部長と企画・競技・教育指導・安全管理の4担当、第2企画部に部長と企画・安全管理の2担当の3部局11担当が発足
1993.12.04 幹事会にて富永京三郎前会長に名誉会長の称号を送ることを決定
1994.02 世界マスターズ競技会(アメリカ・パークシティ)の大回転2位に山田亨が、同じく3位に中西金太郎が、それぞれ入賞
全日本マスターズ競技会(妙高池ノ平)の大回転に、中西金太郎と牧田慶子が各1位に入賞
1994.06.24 ダンス企画登場
1994.12.09 会主催によるスキー企画「リーダー・サブリーダー研修会」を新設し、その第1回をハンターマウンテン塩原スキー場にて実施
1995.01.08 会主催によるスキー企画「初心者講習会」を新設し、その第1回を岩原スキー場にて実施
1995.04 世界マスターズ競技会(カナダ・ウィスラー)の大回転と回転の各1位に山田亨と高橋律子が、同じく大回転3位に佐藤忠夫が、それぞれ入賞
1995.08 ローリングスノー講習会企画登場
19950.9.23 探鳥企画登場
1995.09.27 男の手料理教室企画登場
1995.10.01 新入会は在会2年以上の会員の推薦を必要とすることに手続きを改正
1995.11.25 山田亨顧問(初代会長)が死去された。享年86歳
1995.11.27 マリンスポーツ(ダイビング)企画登場
1996.02.25 会主催によるスキー企画「スキースクールと級別テスト」を新設し、その第1回を南郷スキー場にて実施。受検26人、合格8人。
1996.10.18 定期総会にて1997年10月以降実施として、会費を年額\5,000(配偶者\2,500)に、入会金を\6,000(配偶者\3,000)に、それぞれお改正することを決定。
1996.11.1 農作業体験企画登場
1996.
11.14〜26
ネパール、ヒマラヤトレッキングに10名の会員が挑戦
1997.
02.25〜27
全日本マスターズ(大鰐)で入賞者5名
1997.03.08 三沢モーグルマッシャーズと友好スキー競技(第1回網張)
1997.04.09 卓球同好会が登場
1997.10.04 講演と映画の夕べ(20周年記念行事)
1997.10.21 第21回定期総会及びクラブ創立20周年記念式典と祝賀会、
記念誌「はたちの青春」を発行、新ロゴマークできる
1997.11.08 多摩川ワンデーウォーキング(20周年記念行事)
1998.02.28 カナダウィスラーでクラブ祭(20周年記念行事)
1998.03.22 (財)日本身体障害者スポーツ協会に寄付金(20周年記念)
1998.05.12 四国お遍路さんの旅はじまる
1998.11 会報発行日を奇数月10日に変更
1999
.02.16〜18
全日本マスターズ(白馬乗鞍)で高橋律子1位、入賞10名
1999.10.16 第23回定期総会で渡辺正義新会長就任挨拶
2000
01.14〜28
ミレニアム記念 南米トレッキング
2000.
01.19〜21
妙高でテレマークスキー初心者・初級者講習会
2000
02.24〜25
全日本マスターズ(妙高池の平)で入賞6名
2000.03.10 日経夕刊「無敵スキーヤー」として高橋律子さんを紹介
2000.
03.13〜17
世界マスターズ(カナダ・ブロモン)高橋律子、牧田慶子1位、石ア清子2位
2000.04.15 クラブ活性化委員会が発足
2000.05.10 会報100号 記念特集
2000.05.10 2000年スキー実施報告の会報記載を横書きに変更
2000.07.10 新幹事候補者の選出は会員推薦も対象に
2000.12.12 ホームページを立ち上げる(翌年9月までは試験運用)
2001.
02.03〜04
世界マスターズ(伊クールマイユール)で高橋律子1位、日本チームキャプテンに奥野賢造
2001.02.24 三沢モーグルマッシャーズと友好スキー競技(第2回雫石)
2001
02.27〜28
全日本マスターズ(妙高池の平)で入賞5名
2001.08.27 第1回納涼祭開催
2001.09 「グレステンスキー講習会」登場
2001.09.30 パソコン講習会始まる(第1回は上福岡)
2001.09 山下栄三郎さん箱根山中で行方不明
2001.10.13 三役の選出、副会長三名の体制となる
2002
03.02〜03
全日本マスターズ(旭川)で高橋律子、石ア清子1位、入賞9名
2002.06.13 渡辺正義第4代会長死去
2002.07.14 朝日新聞「ゲレンデ快走、遅咲きの力」としてクラブを紹介
2002.10.19 25周年記念祝賀会、記念誌「いつまでも青春」発行
2003.01 会報116号から全ページ横書きとなる
2003.03 ホームページにお試し参加申込欄登場
2003
03.06〜07
全日本マスターズ(猪苗代)で高橋律子1位、入賞11名
2003
05.24〜25
創立25周年記念じゅくねんぴっく 八ヶ岳・富士見高原にて開催
クラブ歌「クラシック賛歌」発表
2003.10 絵手紙教室登場
2003.11.30 幹事サブリーダー講習会を東京で
2004
01.22〜25
生涯スポーツスキー指導者講習会に参加
2004
03.06〜07
全日本マスターズ(田沢湖)で高橋律子、青山和子1位、入賞5名
2004.07.10 03アンケートの集計分析報告を刊行
2004.06.12 必要経費問題に一応の結着
2004.06.12 上飯坂副会長が辞任・退会
2004.12.05 “クラシックの明日”集中審議
2005.02.12 休会制度の運用はじまる
2005.02.20 小池幸二郎、藤本知三がクラシック育ちの正指導員に
2005
03.04〜06
全日本マスターズ(小樽)で高橋律子1位、入賞2名